かわかぜ

令和5年新春号

人さまと、ともに幸せに (六波羅蜜)

「佼成」12月号ご法話を拝読して

川崎教会長 渡邊浩志

今年一年間の「佼成」のご法話は「布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧」の『六波羅蜜』でした。12月号はその集大成と言ってよいのではないでしょうか。六波羅蜜を一言でいえば表題の如く『人さまと、ともに幸せに』と言えます。易しく平易に感じますが、その意味するところは、かなり深い心境を表現していると受け取っています。最初の小題〈煩悩即菩提〉の中には、法華経をはじめとする大乗仏教の核心的考えが二つあります。一つは、煩悩を具(そな)えているままに苦しみや悩みから解放されるという〈煩悩具足〉という考え方です。もう一つは、煩悩を無くそうとするのではなく、〈煩悩をキッカケに精進しよう(大乗起信論)〉という考え方です。会長先生は「煩悩があればこそ人格の向上をめざし、生きること死ぬことに迷えばこそ真理を求め、その結果、煩悩具足の私たちが、苦しまないばかりか、いっそ煩悩をよりよく生かす智慧に転じることができる」と言われます。そして、欲や怒りや執着心といった自己中心の心を菩薩のはたらきへ転ずるキーワード(あるいはスイッチ)は「利他」の心であるとお示し下さいました。

後段の〈「衆生と共に」を胸に〉では、私たちは、すでに表題の精神を普段の朝夕の読経供養の中で実践していることをあらためて確認して下さいました。それは、普回向の「願わくは此の………(中略)……我等と衆生と 皆共に仏道を成ぜん」、三宝帰依の「当に願わくは衆生と共に」と誓願していることです。そのあとのご法話には、会長先生の深いお慈悲のお心が読み取れます。テレビやインターネットで映し出される惨状に接した時に、一人の力ではどうしようもない現実があっても、ささやかでも身近にできるひたむきな実践が仏の大きなはたらきと一つになって結びついていると、会長先生が私たちを応援して下さっているのです。また、病気などで何もしてあげられない時にでも、「衆生と共に」と祈り・願う実践ができること。その実践が病気知らずの人にはわからない病の受け止め方により、病にある人への大きな安らぎをもたらすことできると言われます。六波羅蜜を具体的な行動に表せなくとも、人さまと、ともに幸せにという六波羅蜜の精神をいつも絶やさずにいたいものです。

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